なまけるりょうせいるい

ドイツと銃とバイクとドイツ刑法とアメリカについて語るウーパールーパー

キラキラドイツ留学ブログです、嘘です。好きなことだけ書きます。

ドイツ軍のおなまえ

ドイツ軍、名前がそれぞれの体制で明確に違うので、ドイツ語で言うと一発で区別できるのである。と同時に、それこそが近現代でドイツが経験した歴史の複雑性(というか国の政体がめちゃくちゃ変わる状況)を表す。

1.基礎知識

まず基礎知識として、ドイツ語で軍を表す単語については
Heer:陸軍*1

Marine:海軍

Luftstreitkräfte:空軍、航空戦力

Armee:陸軍、軍(英語で言うところのarmyに近い、日常会話で軍について言及するならこれ)

などがある.........他国の軍やドイツの軍隊の個別の軍について(現在)言及するときは。

 

2.ドイツ帝国(~1919年ごろまで)

さかのぼってみれば、第一次世界大戦前後のドイツ帝国のお名前は非常にシンプルである。

陸軍はDeutsches Heer(ドイツ陸軍)*2

海軍はDeutsche Marine(ドイツ海軍)*3

戦前の日本のように、陸軍と海軍をひとまとめにして呼称するという発想がなかったのだろう。航空戦力であるLuftstreitkräfteはドイツ陸軍の隷下にあったので、軍ですらない。そして、現在でもHeerといえばドイツや各国の陸軍、Marineといえばドイツや各国の海軍のことをさす。Heerが海軍の意味で使われることはない。

 

3.ヴァイマル共和政(1921~1935年)

本当に厄介になるのはここからである。

ヴァイマル共和政の下でのドイツ軍はReichswehr(ライヒスヴェーア)というのであるが、こいつが非常に訳すのが厄介な代物なのである。

まずReich(ライヒ)。

Reichは普通、一人の君主が治める大きな国をさす。歴史的にはいろいろあるらしいが、普通はReichといったらKönigreich(王国)とかKaiserreich(帝国)とかを思い浮かべるのである。そして、至極当然ドイツ帝国の頃の国号はDeutsches Reich(ドイツ帝国)であった。現在でもイギリスは連合王国といわれるときはVereinigtes Königreich(Vereinigte=連合した)とい言われる。大日本帝国もJapanisches Kaiserreichといわれる。*4

ことがややこしくなったのがドイツの第一次大戦敗戦後で、皇帝、カイザーがいなくなって共和政に移行した後も、国号を慣れ親しんでいるとかいう理由で変えなかったのである。

挙句の果てに、学校でおなじみかの有名なヴァイマル共和国憲法第1条にはこう記されている。

 

Artikel 1

Das Deutsche Reich ist eine Republik. Die Staatsgewalt geht vom Volke aus.

第一条

Deutsches Reichは共和国である。国家権力は人民より発する。

 

個人的にめちゃくちゃ好きな条文です。字義どおりに読めば「ドイツ帝国は共和国です」ぐらいの矛盾がありますが、なんだかんだでこのままReichで押し切ったため、国号はDeutsches Reichになったのでありました。共和国とは。ちなみに困惑したアメリカでは、このころの地図ではGerman Empire*5と書かれていたとかいないとか。

 

次にReichswehrのWehr。

ヴァイマル共和政から現代にいたるまで、ドイツ軍は自国の軍に名前を付けるときは”Wehr”という単語を使う。

Wehrは、「防衛」といった意味である。あるのだが、そもそもこれ単体ではあまりつかわれないのである。使うにしても

Abwehr(防諜、防衛*6)、Flugabwehr(防空)、Flugabwehrkanone(対空砲)、*7などなど、基本的にはほかの言葉と一緒に使われる。

さて新生ドイツ軍のお名前はReichswehrになったのですが、これが巷でよく訳される「ヴァイマル共和国軍」と訳すことがいかに危ういかがお分かりいただけたかと思います。多分「ドイツ国防軍」「ドイツ国軍」と素直に訳すのが一番忠実だとは思うんですが、「ドイツ国防軍」は日本ではナチス下のドイツ軍を示す言葉として定着しているので、もう使えないのである。赤城毅さんのロンメルの本でもめちゃくちゃ困っておられた。

まあということで一応意訳でヴァイマル共和国軍と訳されているのである。

 

4.ナチスドイツ(1935~1945)

ナチスドイツの軍はWehrmacht(ヴェーアマハト)

そう思うとDas Dritte Reichを第三帝国と訳すのはいいのかわるいのかみたいになる。英語だと開き直ってThe Third Reichと呼んでるっぽい。多分それが一番正しい。Reichに帝国とか言う意味はもはやこの時代にはないのである。

あんまWehrmachtという言葉が現在ドイツ国防軍以外で使われないのだが、ドイツ語版wikipediaだと19世紀には「軍」「国防軍」ぐらいの意味で自国他国の軍を指して使われていたらしい。

ちなみにMachtは力、権力といった意味である。

で、このWehrmachtが「ドイツ国防軍」と日本において訳されるがために、前述のReichswehrの訳問題が発生するのである。Wehrmachtは「ドイツ防衛軍」ぐらいでいい気がするけど、まあ定着しちゃったものを変える必要もないということでしょう。

 

5.西ドイツ、現在のドイツ

戦後西ドイツで徴兵制が再導入されてまで軍隊が再編された理由は割愛するとして、西ドイツ、現在のドイツ連邦共和国の軍隊はBundeswehr(ブンデスヴェーア)と呼ばれる。

西ドイツ、現在のドイツの正式名称はBundesrepublik Deutschlandと呼ばれる。Bundesは連邦を示す枕言葉のようなもので、Bundesweit(連邦全体→ドイツ全体)といった風に使われる。ブンデスリーガも連邦リーグって意味ですね。

ので、Bundeswehrはドイツ連邦軍と訳されるのである。シンプル、かつ分かりやすい。

 

6.旧東ドイツ

東ドイツは軍の名前を代替的に刷新して

Nationale Volksarmee(ナツィオナーレ・フォルクスアルメー)と呼ばれる。国家人民軍と訳すのが適当だし、実際日本ではその通りに呼ばれる。

陸軍も他のドイツ軍のようなHeerではなく、Landstreitskräfte(ラントシュトライトクレフテ)という名称。日本語に訳せば「地上戦力」「地上軍」あたりになるだろうか。

Volk(人民、民族)とつけてしまうのが非常に社会主義ナチスを感じる。ぼくがドイツでいた街の大きな公園の正式名称がVolksparkというらしいんですが、ドイツ社会民主党かなんかがお金出して作ったかなんかでそう呼ばれているらしいです、まあちょっと今使うには場面を選ぶ言葉ですね。

 

 

といった感じで、ドイツ軍のお名前から見るドイツの歴史でした。Reichの詳細な歴史的な意味はそっちの方面に詳しい後輩がいるのでそっちにまかせます。

*1:wikipediaドイツ語版の自衛隊の記事で、分類を見るとHeer:陸自となっていて面白い

*2:読みは「ドイチェス・ヘーア」

*3:読みは「ドイチェ・マリーネ」

*4:フランスはなぜかFrankreich、オーストリアはÖsterreichと現在でもいわれますが、慣習的なもので当然どちらも今は共和政

*5:Empireは帝国を意味するので当然ドイツ帝国という意味

*6:二次大戦中のドイツの情報機関をあらわすこともある

*7:略がFlaKですね、みんな大好きアハトアハトのそれです